生存第12話 感想


生徒会の一存 第12話『生徒会の一存』より引用


深夏

「あたしみたいになりたい奴が、あたしを目指してるようじゃダメだ」


例えばそれは、アニメでもイラストでも音楽でも何でも良いのだけれど、その世界を目指すきっかけとなった人物というのは誰にでも存在すると思う。きっとそういう人に憧れて自分もその世界に入りたいと努力をする。その人に憧れて何でも知りたがり真似や模倣をしてみる。


そこまでの行為は悪くないんだけれど、やっぱり模倣は模倣でしかない。それはオリジナルの劣化版にしかならなくて、模倣を繰り返していくうちに必ず劣化していく。そういった劣化コピー現象が業種や業界を越えてあらゆる場面で行われているように思う。


ボールペンであれば、書けることが最低限の商品価値なのに書けないボールペンがあること。定規であれば、定められた数値が正確に測れることが最低限の商品価値なのに測れない定規があること。消しゴムは?電卓は?鉛筆は?…とあらゆる物に同様の問いかけをしてみると、最低限の商品価値も満たせないものが増えたように感じる。そしてこの原因は模倣にあるんじゃないかなと。


じゃあ例えば自分も目指したいイラストレーターを見つけたとすると、大抵その人物はさらに目指したかった人がいる。そうやって過去の歴史や人物のルーツを上に辿っていかないと、ただの劣化した模造品に成り下がってしまう。模倣に模倣が重なっていくと最後には最低限の商品価値も満たせないものばかり溢れてしまう。まさに悪貨は良貨を駆逐していく、らしい。


スティーブ・ジョブスが事業に失敗したときの言葉で

「自分が次の世代につなげるバトンを落としてしまったと思った」


とバトンに例えたのは、過去のルーツを全て遮断してしまったことに対しての罪悪感があったのかもしれない。結局のところ、スティーブジョブスの模倣はできてもそれは劣化した模造品にしかならないのだから。

楽だから。簡単だから。パソコン使ってコピーすれば良いじゃん。


そんな悪意のある言葉に対して抵抗していかなきゃ、自分が生み出せる価値はどんどん下がってしまう。それに気付いて戦っている人もいるんだけれど、残念ながら大多数は評価できないみたいだ。それは両親であっても堅実な生き方をしろと強要してくるし、同様に他の人間も悪意はないかもしれないけれど楽で簡単な生き方を提案してくる。


ティナ・シーリグの『20歳のときに知っておきたかったこと』では、遠縁の親戚が亡くなった時に、自分には恩があるから葬式に参加すべきだと考えたが、周りの友人に聞くと参加しなくても平気だろうと言われたのでそれに従った。それを今でも後悔していると語っていた。

「わたしは、わたしの心に従うべきだった」


残念ながら他人は自分に対して生き方を強要してくる。そういった全てに立ち向かっていくのは、とても勇気のいることだけれど、やらないといけないんだと感じる。


忘却の旋律OP 『Will』より引用


忘却の旋律

「素顔隠す人々の群れ」


外では素顔を隠し仮面をかぶっている大多数、それは大多数は無関心であるという意味にもとれる。そして、周りと違う道を選んで立ち向かっていくボッカ。そのときの周囲の人間たちは戦士としてのボッカを求めてはいないんだけれど、それはおかしいと感じて抵抗し戦っていく。


たぶん自分もボッカみたいな生き方を選ぶ運命なんだろうと思う。
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好きなことができる会社

「あんたの同級生だった子、勤めてた会社辞めたんだって」
「そうなんだ。で、今なにやってんの?」
「知らない」


昼間に母親から電話がかかってきて、はいはいと適当に頷いてやり過ごす。お金のことや会社のことをあれこれ詮索され、そのときの会話から考えを膨らませることができた。


起業してみて仕事なんてのは犯罪以外であれば何をやっても良いのだと感じる。採算性?時間猶予?そんなもの知るか、自分がしたいことをするだけだ。けど待て、世話になった人に対して見ないフリや知らないフリをしていたら、たぶんそれはダメなんだと思う。


会社を辞めた人、専門学校に行った人、自営業をはじめた人、ニート化してる人、ひきこもってる人…、同世代にもたくさんの人がいる。これはすごく一方的な想いだけれど、みんなに幸せになって欲しい。そう考えたとき、仕事は他人の願いを叶えるためのものなんじゃないかと感じた。


好きなことをお金に変える


例えば自分はイラストを描きたいし、それがお金になればきっと幸せだ。そして会社を辞めた同級生はウェブデザイナーだった。2人で組んだらもっと広い可能性が見えてくるし、そういう出会いにこそアイデアが潜んでいる。これを利用すればお金を稼ぐことのハードルはかなり下がる。一人で何でもは出来ないのだから上手く分担する方が賢い。


今の会社組織もそんな感じだろ。アクアプラスとかニトロプラスとか、本気でやりたい才能だけが集まってきてそれぞれが最高のものを仕上げる。それがお金になればその会社の人たちは幸せだと思う。たぶん本来の会社組織なんてそんなもんだ。喜びを分かち合える仲間がいれば良い。


だから、これからそんな才能ある仲間を一人ずつ集めるために帰郷しようと考えてる。自分の人生なのに、よくあるテンプレアニメみたいな展開に呆れるのだけれど…。
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たまゆら第7話 感想


たまゆら〜hitotose〜 第7話 『竹灯りの約束、なので』より引用


竹原に越してきたぽってのために、憧憬の道という竹の中にロウソクを入れて灯したり、願いを書いた灯篭を飾ったりするイベントに参加する話。かおるは当日の晴れを願うためにてるてる坊主を作ったり、ぽってを楽しませようと色んなところを連れ回す。


そして、その夕方。だんだんと天候が悪くなり小雨が降り始める。雨が降ると火を灯せないためイベントが実行できなくなってしまう。雨避けに入った店で休憩するぽって、かおる、そしてその友達。前日から今日を楽しみにしていたと楽しそうに話していたぽっては疲れて眠ってしまう。席を立つかおる。

「どうした?かおたん」
「くやしい…。ぽってが戻ってきて初めて憧憬の道なのに。ぽってにとっても、あたしにとっても特別な年なのに…。なんで雨降ってんだよ、ばか。」

いえすあすみす!


ぽってはまだ寝ぼけていて、夢か現実か区別が付かない半分睡眠した状態で夢を見る。

「あ、何だろう。とってもあったかい声…。かおちゃんかな…。あぁ、今年も見られなかったんだっけ…。」


そして、死んでしまったお父さんに伝えたい想いを夢の中で伝える。カメラをはじめたこと、新しい友達ができたこと、大切なものができたこと、泣かなくなったこと…。優しい声でかおるがぽってを起こす。

「ぽって。」
「あ、5時過ぎてる…」
「雨、上がったよ!行こ!」


そして、雨上がりの美しい憧憬の道が映し出される。ここで号泣。


自分の好きな相手のために色々考えて楽しませようとしていたかおる。それまで順調だったのに、すごく些細なことで全てが台無しになってしまう。それは天候のように、自分ではどうしようもなく怒りをぶつけることも出来ないので「くやしい」と一言つぶやく。その後、ぽっての気持ちや、かおるの想いが届いたのか、降っていた雨が晴れてしまう。


人の心は繊細にできていて、すごく小さな石ころにつまづいた程度でこれまでの全部がダメだったと考えたり、これからの全てが上手くいかないんだと感じて悲観してしまうときがある。他人から見れば凄く小さく些細な出来事や、また雨のようにどうしようもない出来事であってもそう感じるときがある。


でもそれは、想いさえ失わなければきっと解決する。そんな小さいことで悩んでいたんだと笑える日がくる。まさに止まない雨はない。そういう希望を持つことを伝えたかったんだと感じる。こうやって、言葉にしてしまうのはとても簡単なのだけれど…。


今の自分が仕事をするにあたって、考えていることはいくつかあって。


すごく人の心に近い部分の仕事がしたいと思う。これまでの自分の仕事や色んな製品を見てみると、心の感じられない物ばかりが作られ溢れているような気がする。とりあえず大量生産で安いから買えみたいな。他人の心についてあまりに無関心で図々しく、大量に作れば一つくらい好きなのあるだろうから無理してでも買え、みたいな強引な選択を迫ってくる。


一方で、Apple製品なんかは梱包を開けたときの体験も重要視されていて、それは心に凄く近いものを作っていると思う。製品以外では、音楽であったり文章であったり、アニメ、映画、漫画も心をつかもうとしてくる。


心に響くものは売れる。


こう書いてしまうと凄く商売的で嫌な言葉にみえてしまうんだけれど目指す方向としては正しいんじゃないかなと思う。笑わせたり、泣かせたり、元気のない人を励ましたり、キュンキュンさせたり、そういう人の心を動かすものを作り出せたら自分にとって幸せであるし、他人にとっての幸せも願える気がする。


具体的に言えばイラストを描いたり、キャラクター描いたり、服飾デザインとかコンセプトデザインとかそういう仕事をしたいのかもしれない。イラストが描ければTシャツでもマグカップでも作れるし、これまでの広告デザインに応用ができることもあるし、描いてみながら模索してみようと思う。


そして、どうせやるなら一番を目指す。だからより良いものが生まれる。
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ちはやふる第6話 感想


ちはやふる 第6話 『けふここのへににほひぬるかな』より引用


奏は和服が好きで弓道部に入ったが部活に馴染めずにいた。あるとき偶然ちはやと出会ってかるたの話をする。すると興味をもたれたらしく、かるた部に誘われる。その申し出を断るのだけれど、図書館や自宅にまでやってきて教えて欲しいと懇願される。しぶしぶかるたの歴史について語る奏。彼女と話した後、一人になってから弓道部員の言葉を思い出す。

「いつもひとりで古文の本読んでますけど、古典オタク?」
「生まれる時代間違えたよね?」


弓道部員の嘲笑と嫌な言葉。それとは対照的に目をキラキラと輝かせて、自分の話しを聞いてくれるちはやを思い出す。

「カナちゃん教えて!もっと教えて!」


『和服が好きで、和服を着たいから弓道をする』という自分のしたいことを続けるのが幸せなのか、それとも『自分を必要とする人のためにかるた部に参加する』ということが幸せなのか。どっちかを選ばないといけない場面。


ちはやふる


自分がしたいことをしていて、それが必要とされたら幸せだってことは分かる。けれどこの最適なバランスをとることはとても難しくて、したいことをやっていても必要とされなかったり、したくないけど誰かに必要なことだったりして、バランス良く両立することが難しい。


自分はこれまで『そこそこ自分のしたいことで、誰かに必要とされるなら良い』と漠然と考えてきたし、それは実際に上手く回っていたように思えた。けれど、自分が本当にしたいことには近付かなかったし、よくよく考えてみると必要とされてるのは自分じゃなくて誰でも良いんだと感じた。


ここで奏なら弓道部を辞めたって誰も困らない。部員数も足りているし、試合に出られる実力があったとしても補充要員もいるから奏である必要性はない。一方で、ちはやのいるかるた部は人が足りないから部員としても、試合に出る要員としても必要だ。そして人数の問題以上に、ちはやは自分を必要としてくれている。あなたじゃなきゃダメだよと言ってくれる。弓道部は辞めたって誰も何も言わないだろう。だからやっぱりかるた部を選ぶんだと思う。


したいことをするのは正しい。必要とされることも大事だ。


でも、この必要とされるという言葉の中身はよく考えないといけないんだと思う。目の前にいる自分のことを何ひとつ理解していないのに必要だと言われたって信じられないだろうし。辞めると伝えたときに、あなたが必要なんだって引き止められるくらいは相手にとって必要であって欲しい。


厄介なのは、自分から見て全く見知らぬ相手にとって必要だってことも実際にあるから、単純に誰からも必要とされてないから意味がないとは言い切れないんだけれど。


物語での奏はちはやの必要に応える代わりに自分のしたいこと、和服を着たいってことを条件にかるた部を選んでいた。人に必要とされながら、自分がしたいことも実現させる。これはそう簡単にはいかないけれど、目指して生きる価値はあるんだと思う。
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ファム第3話 感想


ラストエグザイル-銀翼のファム- 第3話「Light spuare」より引用

「もういいわ、今さら。意味無いんだもの。わたし、何もできない。わたし一人じゃ、お姉さまの思い出も取り返せない…こんなわたし、なんの役にも…」


ファム


何もかも失ったミリアは、空賊に売られていった姉との思い出の品物を取り返したいと言う。それに協力したファムのおかげで揉めることもなく無事に取り戻すことができた。ミリアは申し訳なさそうに言う。

「ごめんなさい。わたしのせいで、何もできないくせに迷惑ばっかりかけて…」
「『迷う翼は風が支えよ』空で困ってる人がいたら必ず助ける。それが空賊の掟だから。わたしもそうやって助けてもらったから、今ここにいるの」
「助けて…もらった?」
「拾われたんだ、あたし」


ファムの過去を知ったミリアは、自分がファムよりも恵まれた環境で育ってきたことに気が付いて言う。

「ごめんなさい。わたし、自分ばっかり。つらくて悲しいのは私だけだって。でも、みんなだって、あなたにもつらいことはあって、悲しみがあって」
「そりゃあね。私も全然寂しくない訳じゃないけどさ、ちっちゃすぎてなんも覚えてないから、あんま実感ないんだよねー…空賊のみんなが家族みたいなもんだし。空の上にいる限り、いつかどこかであたしを知ってる人と会える気がするし!」


夢があるの


そうミリアに話してから、さらに楽しそうな顔をしてファムが言う。

「それにあたしには夢があるんだ!」
「夢?」
「うん。もう一度、あの日みたいに世界中のバンシップ乗りが集まってレースをするの。空賊も地上の国の人もみんな、みーんな同じ空を飛ぶ。素敵じゃない?もちろん、優勝するのはこのあたしだけどね!」
「そうね。素敵だわ。世界中の人たちが集まって、争いの無い平和な空を見上げて笑って、それが本当になったらどんなに…」
「ほんとにするの!いつか絶対!」


ある日、それまでの全てを失くしてしまったミリア。そしてそれを元気付けるように、ファムが自分の過去の話をして、さらに夢まで語るシーンがよかった。自分には何も出来ないと悲観するミリアが、ファムの夢を通して素晴らしい未来を信じて勇気付けられる。


夢を語ること。自分の理想を追うこと。


何もない毎日を繰り返していると、これはよく見失ってしまう。それなりに忙しいし、遠い未来よりもすぐ近くの明日ばかり見てしまう。週末までの予定を計画通りにこなすことだけで精一杯になってしまう。そのうち、夢や理想は少しずつ色褪せて見えてしまう。


だから時々、少しの時間でいいから夢や理想を考えてみる。それも、できるだけ大きな方が良い。恋人が欲しいとか結婚したいではなく、誰かに共感されるような夢。そういう大きな夢を語ることができれば、ファムのように誰かを励ますことも出来る。


叶えたい夢があって初めて誰かの心を動かすことができる。この人なら夢を叶えそうだと信じてもらえる。だから、こうして夢を語ることはとても素晴らしいことなのだと思う。

「ほんとにするの!いつか絶対!」

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正解はひとつ!じゃない!!


何事も最初から上手くいくとは限らない。なので様々な方法を考えながら進むのだけれど、これも上手くいかない。八方ふさがり。


そもそも自分にとって労働とは、それを通じて何かを感じたり、掴みとることを目的にしている。お金は目的ではなく手段でしかないし、お金なんて後からいくらでもついてくる。そうは思っていても現実は待ってくれない。そこで改めて考えると働き方に制限はそれほどない。


起業したら毎日そこで働かないといけない。本当にそうか?


今まで働くことはひとつの会社から給料をもらうことだったけれど、2つの会社から給料が入っても良い。会社の規定もあるけど、自分の時間は自分のために使えるし使うべきだ。


そこで今後は再就職も視野に入れながら行動して、週末起業の形に納まるか、もしくは事業を休眠させるか。案外このまま事業が順調にいくかも知れないし、異なる業種に転職してるかも知れない。何もかも失敗すれば、実家に強制送還されて借金返済のために働かされるか、イラストでも描きながらニート生活か。


経験になったのは、バケツの中の水を別の容器に一気に流し込んではいけない。徐々に少しずつ流し込まないと、たくさんの水がこぼれてしまう。焦ったり、雑に扱うとこれは上手くいかない。


あとはやっぱり最後は人にたどり着く。前の職場では人間関係に無頓着だったけれど、人こそ仕事の全てなんだと思う。薄々気付いていて知らないフリをしていたけれど、それが確信に変われば行動も変えられる。これは自分にとって苦い薬になった。


あとは誰のために働いているのか、これはよく考えないといけない。
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声優 福山潤


NHK 『VOICE ACTORS 〜声優 福山潤森川智之〜』より引用

「根本的に僕は悩むのが好きじゃないです。で、迷うのもあまり好きじゃないんです。結局、自分の中でできることって幾つか分かっていても、やるべきことってのも決まってるじゃないですか。じゃあ、そこに向かって進んで行くしかないので『やるなら突き抜けよう、やりきっちゃえ』っていう。」


声優番組で福山潤さんが言っていた言葉。何かをするとき、つい相手の理解に合わせてしまうことがある。要求されたものを注文通りに応えてしまう。そうではなくて、注文されたものを大きく越えてしまっても構わないのだと思わせてくれる。

「怖いながらも恐る恐るやるんじゃなくて、思いっきりバーッとやっちゃって『お前それダメだよ』って言われたら代えを考えようかなっていう。そこら辺の部分は、思いきりがないとこっちも楽しくないので…。


なるべくそういうものが来たときは、『やり過ぎだ』って言われるラインを自分の中で(表現して)言ってみたいなって。そうすると、『もっとやれよ』って言われたら、あーまだ良いんだって。『ちょっとやり過ぎだね』って言われたら、ここら辺かなっていう(表現ができる)。」


不安や恐怖で先が見えない状況で、それに怯えながら小さく進んでいって答えを見つけるよりも、どうせ先が見えないのなら大きく踏み込んでみて、その地点から調整したほうが手っ取り早いじゃんと。この決め方はリスクの取り方にすごく似ていて良いなと思った。


「もし相手に違うと拒否されたらどうしよう」「もし相手に変な奴と思われたらどうしよう」最大限を選択するとそんな恐怖心が芽生える。そこで大抵の人は、無難で常識の範囲に収まった行動しかしない。その選択はとても合理的で精神的にも楽なのだけれど、そこから得られるフィードバックや利益、学べることはとても少ない。


それなら恥に思われることを恐れず、思うべきことを精一杯やる。


こうやって大きなリスクを選択していくことで、自分の想像以上の結果を得ることも出来るし、相手の要求するレベルを自分が超えていればそこに合わせることもできる。求められた要求に合わせて下げることは簡単なのだし、「限界で挑んでいれば良いものが出来上がったのに」と後悔することもなくなる。

「いきなり歩幅が、最初の出だしが少ないと『もっとやれ』と言われた場合どこまでなのか分からないですし、逆に自分の中で(思ったことをやって)『おいおい、君の最初の第一歩はそこなのかい?』なんて(驚かれて)思われると、自分としてもちょっと(してやったりって感じ)なので。だから最初の一回目がある意味戦いみたいなのもありますからね。」


何も見えないところに大きく踏み込んでいく。


これは誰でも怖い。相手の心に土足で上がっていくようなことで、すごく失礼なのかも知れない。でも、そこで不安に怯えていては相手の心も分からず、真意も理解できないのかも知れない。


試してみないことには何も分からない。試さない場合は「きっとこうだったんだろうな」と自分に言い聞かせるしかなくなる。それよりも試してみて、相手から「そうじゃなく、こうしたい」とか「ここまで出来るんだ」と考えを引っ張り出すことで相手にとっても自分にとっても良いものが生まれる。

「できる範囲のことだけをやっていると、自分の中でそのできることで(狭く)固まってしまいそうなので、(最大限)できる範囲のことはやっぱりやりたいんです。その最終回までの間にそこの一歩を踏み出したいなと。限界値は伸ばしたいですね。」


そして、不安を恐れずに現場でアドリブをする福山さん。


台本に書かれてることを変える訳だから大きなリスクがある。他の声優さんに迷惑をかけてしまうし、おかしな人だと思われるかもしれない、つまらないと冷笑を浴びるかもしれない。けれども、彼は構わずアドリブをした。


それに対して周りの反応は冷めた視線ではなくて、あたたかい笑いだった。これにはすごく勇気づけられた。リスクを背負って間違えても良いし、他の人と違うことをしても良い。大事なのは恐怖や不安に怯まないこと、そして自分の中の最大を引き出していくこと。


こう考えて進めば、誰かの判断に惑わされることもない。相手に許可を求めるのではなく、自分自身に許可を与える。何をやっても良いんだと自分を許可してみる。だからこそ最大限のできることをやる。それが恐怖や不安に打ち勝っていく方法なんじゃないかと思った。

「弱気になるな、この物語の主役はお前なんだ」

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